JOURNAL ・ 撮影地の記録
平井のポピーとスカイツリー ― 夕暮れの下町に咲くオレンジ
東京・江戸川区、平井。荒川の河川敷に、約18万本のオレンジのポピーが一面に咲く季節があります。初夏の夕暮れ、花がいっせいに夕陽を吸い込むころ、畑のずっと奥にスカイツリーが青いシルエットで立ち上がります。電車の走る音が、風にまじって届く下町の絶景です。
夕陽を吸い込む、オレンジの海
夕方の光が低くなると、ポピーは色を変えます。昼間の赤やピンクが、夕陽を浴びてオレンジに、やがて燃えるような橙色に染まっていく。薄い花びらは紙のように光を透かし、一輪ずつが小さな提灯のように内側から灯ります。風が渡るたび、その灯がいっせいに揺れて、河川敷ぜんたいがゆっくりと呼吸しているように見えました。そして花の海の、ずっと奥。藍色に沈みかけた空を背に、東京スカイツリーが一本、静かに立っています。手前のオレンジと、奥の青。下町のいちばん身近な場所に、こんな配色が用意されていたことに、毎年おどろかされます。
下町の、いちばん近い絶景
名所と呼ばれる花畑は、たいてい遠くにあります。早起きをして、電車を乗り継いで、ようやくたどり着く。けれど平井のポピーは違います。総武線の駅から歩いて十五分、河川敷の土手をのぼれば、もうそこに広がっている。仕事帰りのスーツ姿の人、犬を連れた人、ランドセルを背負ったままの子ども。みんなが日常の続きのまま、花の前で足を止めます。私は救急の現場で、秒を争う時間ばかりを生きています。だからこそ、夕陽がポピーをゆっくりと染めていく、あの何分かが愛おしい。急がなくていい時間が、駅のすぐそばにある。それは少し、救いのようなものでした。
花がいっせいに、夕陽を灯す。
その奥に、青いスカイツリーがひとつ。
訪れる方へ ― 見頃
旧中川と荒川にはさまれた、江戸川区・平井。荒川の河川敷に整備された平井運動公園に、毎年初夏、約四千二百平方メートルのポピー畑が広がります。
ポピー(シャーレーポピー)の見頃は、例年五月ごろ。上旬から咲きはじめ、中旬あたりが満開のピークになることが多いようです。下旬まで楽しめる年もあります。おすすめは、やはり夕暮れ。低い夕陽が花びらを透かし、オレンジの色がもっとも深くなる時間です。日が傾くにつれてスカイツリーがシルエットに変わっていくので、日没の三十分ほど前から待つと、空の色とともに刻一刻と表情が移ろっていきます。
アクセス
最寄りはJR総武線の平井駅。北口を出て、すずらん通りを荒川のほうへ東に歩いていきます。蔵前橋通りを目印に進むと、河川敷へとつながる土手が見えてきます。駅からポピー畑まではおよそ九百メートル、歩いて十五分ほど。河川敷は平坦で歩きやすい道です。夕暮れどきは帰り道が暗くなりますので、足元を照らせる小さなライトがあると安心です。
撮影のヒント
この場所の主役は、夕陽の逆光です。低くなった太陽を花の向こう側に置き、薄いポピーの花びらを透かすように撮ると、オレンジが内側から発光します。スカイツリーは無理に明るく写そうとせず、思いきってシルエットに沈めるのがおすすめ。手前のオレンジと、奥の藍色の対比が際立ちます。さらに、いちばん手前の一輪に近づいて前ボケをつくると、画面の下半分がやわらかなオレンジに溶け、その奥にタワーがすっと立つ奥行きが生まれます。風でポピーは絶えず揺れるので、シャッター速度は少し速めに。風がやむ一瞬を待つ忍耐も、いい一枚への近道です。
あわせて巡りたい
平井の街には、もうひとつの川があります。旧中川。蛇行しながら流れる穏やかな水辺で、川越しにスカイツリーを望める散歩道がつづきます。冬から早春には河津桜が咲き、桜とタワーの共演でも知られる場所です。少し足をのばせば、亀戸天神社の藤や、スカイツリーの足元の押上も近い。下町の川と空を巡る一日として、平井はちょうどよい起点になります。