JOURNAL ・ 撮影地の記録
なんじゃもんじゃ ― 新座の白い奇跡、昼と夜
埼玉・新座。五月のはじめ、白い花が雪のように枝を覆う木があります。なんじゃもんじゃ ― 正しくはヒトツバタゴ。細い四枚の花びらが枝いっぱいにあふれ、青空の下で淡く光ります。ここに掲げた一枚は、よく知られた並木ではなく、新座市のどこかにひっそりと立つ一本。地元でもあまり知られていなかったのか、写真をSNSにあげると思いがけず大きな反響を呼んだ、忘れがたい迫力の木です。
雪ではない、五月の白
はじめて目にしたとき、季節を見失いそうになりました。新緑のまぶしい五月、その一本だけが、まるで真冬の雪をまとっているのです。近づいて見上げると、雪に見えたものは、糸のように細い無数の白い花でした。一つひとつは小さく、頼りないほどなのに、何千何万と集まって枝を覆い、風が渡るたびにふわりと揺れて、樹冠そのものが呼吸しているように見えます。なんじゃもんじゃ ― 「これは何の木だ」と問われ続け、名のないまま名になった木。その素朴な響きが、この淡く儚い白さに不思議とよく似合います。立ち止まる人、見上げる人、写真を撮る人。誰もが少し声をひそめるのは、この白が、声を上げては壊れてしまいそうなほど繊細だからかもしれません。
昼の青、夜の闇 ― 二つの奇跡
この木は、一日に二度わたしを驚かせます。昼、抜けるような青空を背にすると、白い樹冠はくっきりと輪郭を持ち、光をはじいて晴れやかに笑います。ところが日が落ちて、わずかな灯りに照らされると、同じ木がまるで別の表情を見せるのです。闇に沈んだ枝は消え、白い花だけが宙に浮かび、ほのかな光を内側からたたえて、しんと静まり返ります。昼の歓喜と、夜の祈り。救急の現場で昼も夜もなく時間に追われるわたしにとって、同じ場所で時間がこれほど違う顔を持つことは、それ自体が小さな救いでした。花の見頃はわずか一、二週間。だからこそ、その短さがいとおしいのです。
雪のように咲いて、雪のように消える。
五月、新座の一本が、空に白を返す。
訪れる方へ ― 見頃
白い盛りは、ほんの短いひととき。
なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)の見頃は、例年およそ五月上旬から中旬にかけて。新緑が深まる頃に合わせ、雪のような白い花が一気にひらき、満開はおよそ一、二週間と短いのが特徴です。その年の気候で前後しますので、出かける前に開花の進み具合を確かめておくと安心です。新座にはなんじゃもんじゃの並木も点在しますが、ここに掲げた木は、そうした名所とはまた別の一本です。見頃はその年の気候しだいで動きますので、最新の状況をご確認のうえお出かけください。
場所のこと ― あえて、内緒に
実は、この木の正確な場所は、あえて伏せています。新座市のどこか、とだけ。地元でもあまり知られていなかったようなのに、あまりに見事で、写真をSNSにあげると思いがけず大きな反響を呼びました。だからこそ、そっとしておきたい気持ちと、人が増えて木に負担がかかってはという思いがあります。それでも、どうしても気になるという方へ。ヒントは、Instagram(@ikebanadoctor)の投稿や、そのコメント欄のどこかに。のぞいてみれば、ひょっとすると答えにたどり着けるかもしれません。
撮影のヒント
昼は、青空を生かすのがいちばんです。順光で白い花を空に抜くと、繊細な花びらの一本一本まで透けて、清々しい一枚になります。花の白が飛びやすいので、露出はわずかに抑えめに。風で揺れる枝先を少し速いシャッターで止めると、白の質感がきれいに残ります。夜のライトアップでは、三脚を据えて低感度でじっくりと。闇に浮かぶ白だけを主役にし、背景を黒く落とすと、あの「浮かび上がる」感覚がそのまま写ります。点灯直後の空にまだ青が残る時間帯は、紺色の空と白い花のコントラストが美しく、昼でも夜でもない一瞬を狙えます。
あわせて巡りたい
足をのばすなら、新座を代表する古刹・平林寺へ。武蔵野の面影を色濃く残す広大な雑木林に包まれた境内は、新緑の季節もみずみずしく、秋の紅葉でも名高い場所です。並木のそばを流れる野火止用水の清らかな水辺や、四季の花が咲くまちの緑道を歩けば、なんじゃもんじゃだけでないこの土地の豊かさが感じられます。白い花のあとに静かな緑の道をたどる、そんな半日の散策もおすすめです。