JOURNAL ・ 撮影地の記録
不忍池の蓮 ― 都心に咲く、夏の早朝の蓮
東京・上野。駅から歩いてほんの数分、高層ビルの足もとに、夏だけあらわれる緑の海があります。不忍池。水面が見えなくなるほど蓮の葉が敷きつめられ、夏の早朝、その間からいっせいに淡紅色の花がほどけていきます。雑踏のすぐ隣に、こんなにも静かな時間があることに、毎年おどろかされます。
都会のまんなかに、蓮の海がある
電車の音も、人の声も届く場所です。それなのに、池のほとりに立つと、世界がふっと静かになります。背の高いビルがガラスに朝の空を映し、その下で、何万という蓮の葉が風にゆれている。人の手でつくった都市と、自分の力で咲く花。そのふたつが同じ視界に収まる瞬間に、心が動きます。蓮は泥の中から茎をのばし、けれど葉にも花にも泥ひとつつけずに咲きます。慌ただしい街の只中で、まっすぐに上を向くその姿に、私たちはそっと背中を押されるのかもしれません。
花がいちばん美しいのは、朝
蓮の花は、夜明けとともに咲きはじめます。およそ午前7時から9時にかけて満開を迎え、昼にはもう花弁を閉じてしまう。一輪の花は三日から四日のあいだ、毎朝この開閉をくり返し、やがて静かに散っていきます。だから蓮に会えるのは、早起きをした人だけのごほうびのようなものです。救急の現場で夜通し働いたあと、街がまだ眠っている時間に池へ向かうと、薄明かりの中で花がひとつ、またひとつとほどけていく。その音のない開花を見ていると、長い夜のこわばりが、ゆっくりとほどけていくのを感じます。ビルの輪郭が朝日で金色に染まるころ、蓮はいちばんやわらかな顔を見せてくれます。
朝の光に、蓮がひらく。
街が目覚める前の、静かな淡紅色。
訪れる方へ ― 見頃
いちばん美しい季節と時間を、簡単にまとめます。
不忍池の蓮の見頃は、例年およそ7月中旬から8月中旬。早ければ7月のはじめに咲きはじめ、8月の終わりごろまで楽しめる年もあります。花が開いているのは午前中だけなので、訪れるなら朝7時から9時ごろがおすすめです。昼を過ぎると花は閉じ、葉の緑だけの景色になってしまいます。一輪ごとに咲く日が違うので、見頃の時期であれば、その朝その朝の蓮にきっと出会えます。気温の高い時期です。日差しと水分補給への備えをお忘れなく。
アクセス
JR上野駅(不忍口)から徒歩でおよそ8分。京成上野駅からはさらに近く、東京メトロ千代田線・湯島駅や、銀座線・上野広小路駅からも歩いて行けます。池の南側には水上に張り出した「蓮見デッキ」があり、花のすぐ近くまで近づいて眺めることができます。入園は無料で、開放された公園なので早朝から散策できるのもうれしいところです。
撮影のヒント
ねらい目は、日の出から午前9時ごろまでの数時間。斜めにさし込む朝の光が花弁を透かし、淡紅色をやわらかく発色させてくれます。順光よりも、花の向こうから光が当たる逆光ぎみの位置を探すと、花弁が灯りのように透けて見えます。背景に高層ビルを入れれば「都心の蓮」という物語が一枚に生まれ、低くかまえて葉の海を手前に広く入れれば、池の奥行きが出ます。風のない朝ほど水面が鏡になり、蓮の影まで写し込めます。
あわせて巡りたい
蓮を眺めたあとは、池の中央に浮かぶ弁天島へ。弁財天をまつる辯天堂が静かに建っています。上野恩賜公園そのものが、美術館と博物館の集まる街でもあります。国立西洋美術館、東京都美術館、東京国立博物館、そして上野動物園。朝の蓮で一日を始め、ひらく時間に合わせて文化の午後を過ごす ― そんな贅沢な巡り方が、ここではかないます。