JOURNAL ・ 撮影地の記録
三十槌の氷柱 ― 荒川の岸に凍る、秩父の冬
埼玉・奥秩父、荒川の最上流近く。一年でいちばん寒い時季に、川岸の岩壁がまるごと氷に変わる場所があります。岩肌からしみ出した湧き水が、一滴ずつ、夜のあいだに凍りつき、やがて何十メートルもの氷の壁になる。三十槌の氷柱です。誰かが造ったのではなく、ただ寒さと水と時間が積み重ねた、冬だけの風景でした。
寒さが、かたちになる場所
はじめて三十槌の氷柱を見たとき、これが「自然にできたもの」だという事実が、しばらく信じられませんでした。荒川の岸に沿って、岩壁いっぱいに無数の氷柱が垂れ下がり、太いものは大人の腕よりも厚く、高さは見上げるほどになります。湧き水が凍ってできる天然の氷柱としては、秩父でもっとも知られた場所です。近づくと、表面はなめらかに磨かれ、奥のほうにうっすらと青みをたたえている。手を触れれば指先がしびれるほど冷たいのに、その姿は不思議とやわらかく、冬という季節がそのまま立ち上がってきたように見えました。
夜のあいだに育つ氷
氷柱は一晩で完成するものではありません。冷え込みの厳しい夜、岩肌をつたう湧き水が少しずつ凍り、翌日に少しだけ溶け、また夜に凍る。その繰り返しが何週間も続いて、ようやくあの厚みになります。誰も見ていない夜の時間に、静かに育っていく氷。期間中の週末などには夕方からライトアップが行われ、昼間は白く透きとおっていた氷柱が、夜には青く沈んだ光をまといます。当直明けの体で雪道を運転し、暗がりのなかにその青を見つけたとき、寒さで張りつめていた気持ちが、ふっとほどけていくのを感じました。
夜ごとに凍り、夜ごとに育つ。
荒川の岸に、冬がかたちを得る。
訪れる方へ ― 見頃
いちばん寒い季節が、いちばん美しい季節です。
氷柱が育つのは厳冬期、見頃はおよそ1月中旬から2月中旬ごろです。期間中は環境整備への協力金(例年おとな300円ほど・小学生は半額ほど)が必要で、週末などの夕方にはライトアップも行われます。ただし、その年の気温や天候しだいで状態は大きく変わりますので、最新情報は秩父観光協会などの公式でご確認ください。会場は川岸で、雪や凍結があたりまえの環境です。厚手のダウン、滑りにくい防水の靴、手袋と帽子をしっかり整えて、暖かい飲み物も持っていかれると安心です。
アクセス
電車なら、西武秩父線「西武秩父駅」から西武観光バスの三峯神社線に乗り、「三十槌」バス停で下車、そこから徒歩5分ほど。バスの所要はおよそ40分強です。お車の場合は関越自動車道・花園インターから秩父方面へ向かいます。会場近くに有料の駐車場がありますが、冬の奥秩父は路面が凍りやすく、日陰では昼でも雪が残ります。スタッドレスタイヤやチェーンの備えは必須と考えてください。夜のライトアップを目当てにする場合は、帰りの暗い雪道も見越して、時間に余裕をもった計画をおすすめします。
撮影のヒント
昼は氷の透明感を、夜はライトアップの青を。三脚を立てて長秒露光にすると、足もとを流れる荒川の水がやわらかな筋になり、動かない氷柱との対比が生まれます。氷の冷たい色を活かすなら、ホワイトバランスはやや低めに。岩壁の縦のラインと氷柱の垂直を画面のなかでそろえると、ぐっと静かな構図になります。ただし足もとは凍った河原で、暗くなれば視界もききません。三脚の脚をしっかり開いて滑り止めを意識し、ヘッドライトを携えて、撮影に夢中になりすぎないよう、足もとの安全を何より優先してください。
あわせて巡りたい
三十槌は、荒川を生んだ奥秩父・大滝の入り口にあります。少し足をのばせば、ダム湖や渓谷、点在する温泉が冷えた体を待っていてくれます。秩父には尾ノ内・あしがくぼと合わせて「秩父三大氷柱」と呼ばれる名所があり、天然氷柱の三十槌をはじめ、それぞれに表情が異なります。氷柱で芯まで冷えたあとに、温泉で雪を眺めながら湯につかる時間は、冬の秩父ならではのごほうびです。