撮影地ガイド
戦場ヶ原 ― 金色に傾く湿原、いちばん早い秋
栃木・奥日光。標高およそ千四百メートルの高原に、本州でいちはやく秋が降りてきます。約四百ヘクタールの湿原一面を、草紅葉が金色に染める。風が渡るたび、穂がいっせいに同じ方向へ傾き、その向こうに男体山が静かに立っています。低地の紅葉より、ひと月近く早い秋です。
風が渡るたび、穂がいっせいに傾く
奥日光の紅葉は、低地のそれとは少し性格が違います。標高が高いぶん朝晩の冷えこみが鋭く、木々は早足で色を変えていきます。そのなかでも戦場ヶ原は、木ではなく草が主役です。湿原いちめんの草紅葉が紅褐色から金色へと染まり、風が渡るたび、穂がいっせいに同じ方向へ傾く。広い高原がひとつの生きもののように呼吸して見えました。
逆光で見ると、この景色はまるで違うものになります。低い朝夕の光が穂を透かすと、湿原の表面がひとつづきの金色の膜になる。そこへ遠く男体山の稜線が重なって、ようやく一枚が決まりました。救急の現場で時間を一秒ずつ刻む日々の反対側に、こうして山の時間がゆっくり流れていることを、毎年この高原で思い出します。
神々が領地を争った、という原
「戦場ヶ原」という物騒な名前には、由来があります。栃木県の紹介によれば、昔、赤城山の神と男体山の神がここで領土争いをしたという伝説から来ているのだそうです。いま目の前にあるのは、ただ静かな草の原です。争いの記憶を名前にだけ残して、あとはひたすら穏やかに広がっている――そのちぐはぐさが、この場所をいっそう印象深いものにしています。
日光市によれば、戦場ヶ原は男体山の噴火によって川がせき止められてできた湿原で、ミズゴケが厚く積もった高層湿原、栄養分に富んだ低層湿原、その中間の中間湿原と、すべての種類の湿原がそろっているといいます。二〇〇五年十一月八日には、湯ノ湖・湯川・戦場ヶ原・小田代原をあわせた二百六十・四一ヘクタールが、ラムサール条約湿地「奥日光の湿原」として登録されました。全域が日光国立公園に指定され、特別保護地区および特別地域として守られています。
風が渡るたび、金色が傾く。
いちばん早い秋が、ここに。
訪れる方へ ― 見頃
奥日光の秋は、標高に沿って少しずつ降りてきます。
環境省 日光湯元ビジターセンターの紅葉カレンダーでは、戦場ヶ原の見ごろは九月下旬から十月上旬、十月中旬にはピークを過ぎるとされています。同じカレンダーで竜頭ノ滝は十月上旬から中旬、中禅寺湖は十月中旬から下旬、いろは坂は十月下旬から十一月上旬。つまり戦場ヶ原の草紅葉と、いろは坂や中禅寺湖の紅葉は、同じ日には狙えません。どちらを主役にするかを決めてから日を選ぶのが、この山のこつです。カラマツの黄葉は十月下旬ごろが目安とされています。
見ごろは年により変動します。お出かけ前に環境省 日光湯元ビジターセンターの最新情報をご確認ください。高原の朝はぐっと冷えますので、一枚多めの上着をおすすめします。
アクセス
日光市観光協会の案内では、JR日光駅から東武バスの「湯元温泉行き」で赤沼までおよそ六十七分、車なら清滝ICからおよそ四十分で赤沼に着きます。駐車場は、環境省 日光湯元ビジターセンターの案内によれば赤沼駐車場が有料、三本松園地駐車場が無料です。赤沼園地駐車場の料金は栃木県の案内で普通自動車一回・一日五百円(奥日光の県営駐車場共通一日券は千円)、入庫から十五分以内は無料とされています。
歩くコースは、環境省 日光湯元ビジターセンターが赤沼〜湯滝の約五キロメートル・高低差約百メートル・所要二時間半から三時間として案内しています。木道が整備されているので歩きやすい道です。
出発前に必ず確認していただきたいことが二つあります。ひとつは工事情報。環境省 日光湯元ビジターセンターは、戦場ヶ原周回線歩道の湯滝〜小滝間(東側の歩道)が歩道整備工事のため令和八年八月十八日から令和九年三月末(予定)まで通行止めになると告知しています(湯滝観瀑台〜迂回路間は通行でき、戦場ヶ原方面への通り抜けは可能)。もうひとつはクマです。
撮影のヒント
草紅葉は、順光で撮ると意外なほど地味に写ります。狙いは逆光と斜光。低い光が穂を透かす瞬間に、湿原の表面が金色に発光します。朝夕の光がいちばんですが、後述のとおり早朝・夕方はクマの活動が活発な時間帯でもあります。
構図は、空を入れすぎないこと。広い高原を前にすると空を大きく取りたくなりますが、それをこらえて金色の面に重心を置くと、密度が出ます。遠くの男体山を画面の上端近くに置き、湿原の金色で下三分の二を満たす――そのくらい思い切ったほうが、この場所の広さが伝わります。
大切なマナーがあります。環境省 日光自然環境事務所の「戦場ヶ原の利用マナー8箇条」は、歩道からはずれないこと、そして歩道を長時間占拠しないことを求めています。木道は細く、すれ違う人がいます。三脚を立てるときは道をふさがないよう十分にご配慮ください。あわせて、クマに遭遇しないよう行動すること(早朝や夕方の利用は避ける、クマ鈴を備える)も明記されています。環境省 日光湯元ビジターセンターはクマの目撃情報を公開しており、木道上や至近距離での目撃も報告されています。同センターは「クマを目撃したら、その場を静かに立ち去り、撮影・観察等の行為は絶対に行なわないでください」と呼びかけています。最高の光の時間と、いちばん危ない時間は重なります。ここは無理をしない判断がすべてです。
あわせて巡りたい
同じラムサール条約湿地の一部である小田代原は、戦場ヶ原のすぐ隣です。草原に一本だけ立つシラカンバ「貴婦人」は、朝霧の出やすい夜明けにとりわけ美しく、赤沼から低公害バスで向かえます。中禅寺湖まで下れば、半月山展望台から八丁出島の紅葉を見おろすこともできますが、こちらの見ごろは十月下旬から十一月上旬。標高に沿って一か月かけて降りてくる秋を、二度三度と通って追いかけるのが、奥日光のいちばん贅沢な楽しみ方だと思います。
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