撮影術
プリントを前提に撮る ― 売る写真の話
写真を人に渡す形式が「画面」から「紙」に変わると、撮り方の判断がいくつか変わります。私は日本の花風景を撮り、それをFUJICOLOR最高級印画紙への銀塩プリントにして販売しています。この記事は、その現場で分かったことを書いたものです。うまい写真の話ではなく、紙に載せたときに壊れない写真の話です。
紙には、比率がある
いちばん最初にぶつかるのが、これです。カメラが吐き出す写真の縦横比と、紙の縦横比は一致していません。
私の作品の多くは3:2(比率1.50)で撮っています。フルサイズのセンサーがその形だからです。ところが写真用紙の側は、そもそも別の系譜で決まった寸法をしています。だから3:2の写真を紙いっぱいに刷ろうとすると、紙の比率が1.50から離れているぶんだけ、長辺の端が切り落とされます。
数字にすると、思っているより大きな話です。当店で扱っている紙で、3:2の作品を紙いっぱいに刷ったときの長辺のトリミング量は、六切ワイド(比率1.50)で約0.2%=ほぼ無し、四切ワイド(1.44)で約4%、A4(1.41)で約6%、A3相当(1.38)で約8%。そして六切(1.25)で約17%、四切(1.20)で約20%。用紙が正方形に近づくほど、端が消えます。サイズ別の目安に全サイズを並べてあります。
同じ一枚が、紙によっては
横の五分の一を失う。
ここで大事なのは、「切れるのが悪い」ではないということです。切っても成立する構図なら、何も問題は起きません。問題が起きるのは、画面のいちばん端に、無いと困るものを置いたときだけです。
あわせて読みたい ― 撮影術と機材
同じ道具と、同じ光の話。続けて読むと、撮り方がつながります。
だから、端に大事なものを置かない
撮影の段階でできることは、実はひとつだけです。画面のいちばん端の数パーセントを、無くても成立する余白として撮っておく。
これは「余裕を持って引いて撮る」とは少し違います。引きすぎれば主役が小さくなり、写真の力が落ちます。そうではなく、切られても意味が壊れない順に、外側から配置するということです。地平線、空、前景の地面、影。そういうものを端に置き、主役と、主役を主役たらしめている関係――視線の先、対になる二つ、伸びていく方向――は内側に入れておく。
「どのサイズでも一枚の作品として成立するように構図を考えて制作・トリミングしている」と当店の表記に書いているのは、この作業のことです。撮ったあとに、8種類の紙で成立するかを見て決める。撮る段階で少し余白を持っておくと、この作業がずっと楽になります。
それでも切れない一枚がある
とはいえ、どうしても端まで要る写真というのが出てきます。販売中の作品のなかに、六切ワイドでしか売っていない作品があります。紅の夜、ひとすじの光です。
長岡の夜空。空いっぱいに広がる紅とオレンジの煙のなか、右上に白く強い大輪がひらき、その真下からまっすぐ二本の細い光が伸びています。これは玉が地上から夜空へ駆け上がっていった軌跡です。画面の左は暗く静かな余白のまま、いちばん下にはわずかな街あかりが滲んでいる。そして左下には、小さな三日月がいます。
この一枚は、端から端まで、画面のすみずみが作品の呼吸になっています。下を切れば街あかりが消えて「どこから上がったか」がわからなくなり、上を切れば大輪の位置が変わって光跡の長さが読めなくなる。左の暗い余白も、静けさとして必要です。
そしてあの三日月は、位置が位置なので、トリミングするとまっさきに消えます。花火の夜に月が出ていたという事実そのものが画面から失われる。私はこの月も、この一枚の大事な一部だと思っています。六切ワイドのみにしたのは、これがいちばん大きな理由です。
だからこの作品だけは、3:2をほとんど切らずに刷れる六切ワイドのみでご用意しました。8サイズのうち7つを捨てたということです。売り上げでいえば明らかに損な判断ですが、作品として成立しない紙で売ることのほうが、たぶんもっと損です。(画面で全体をご覧いただけるデジタル版も併せてご用意しています。)
この夜のことは長岡まつり大花火大会に、撮り方は花火の撮り方に書きました。
白飛びは、紙の上では「何も無い」になる
画面と紙のいちばん大きな違いは、ここだと思っています。
モニターは自分で光っています。だから白飛びした部分も「まぶしい白」として、それなりの存在感で見えます。ところが紙は光りません。反射した光しか見えないので、白飛びした部分は「印画紙そのものの白」――つまり何も刷られていない紙になります。まぶしさではなく、穴に見える。
銀塩プリントは、光と化学反応で色を定着させる方式です。飛んだ部分にはそもそも定着させるものがありません。画面で「ちょっと明るいけど雰囲気がある」と思っていた空が、紙の上では白い空白としてぽっかり開く――これが、はじめてプリントに出したときにいちばん驚くところだと思います。
だからプリントを前提にするなら、ハイライトはさらに慎重に守ることになります。空の白飛びをその場で防ぐ話はGNDという選択に、ライトアップのハイライト管理は三脚と、夜の撮影に書きました。逆に暗部は、紙のほうがむしろ粘ります。潰れた黒は黒として自然に見えるので、迷ったら少し暗めに撮るという判断は、紙を前提にすると一段強くなります。
モニターと、印画紙のあいだ
もうひとつ、避けられない差があります。モニターは光を足して色を作り、紙は光を引いて色を作ります。原理が逆なので、画面でいちばん鮮やかに見えていた色ほど、紙では届きにくくなります。
とくに彩度の高い青と緑は差が出やすいところです。画面で「これ以上ないほど濃い青」に追い込んだ写真は、紙では思ったより落ち着いて出ることがあります。これは失敗ではなく、そういうものです。対処は単純で、画面上で「あと一歩」と感じるくらいで止めておく。彩度もコントラストも、限界まで詰めた状態は紙に持っていく余地がありません。
それから、環境の話。モニターの明るさを上げたまま仕上げると、暗めに仕上げる癖がつきます。紙は自分では光らず、部屋の照明で見るものなので、明るい部屋で見て成立する明るさにしておくほうが安全です。
大きく刷るほど、粗も大きくなる
当たり前のようでいて、意外と見落とされるのがこれです。同じ一枚でも、L判で見れば気にならなかったものが、A3相当に伸ばすとはっきり見えるようになります。手ブレ、微妙なピントの浅さ、高感度のノイズ、そして周辺の流れ。
これは「だから完璧に撮れ」という話ではありません。むしろ逆で、作品ごとに、どの大きさまでが本気の勝負なのかが違うという話です。細部が主役の写真は大きく、空気や色の面が主役の写真は小さくても成立します。私がオールドレンズで撮った作品や、ICMで輪郭を溶かした一枚は、そもそも解像で見せる写真ではありません。そういう作品は、大きさによる印象の変化が小さくて済みます。
飾る場所から、逆算する
最後は、撮影から少し離れた話です。プリントは壁に掛かってはじめて完成します。だから最終的な判断基準は「よく撮れているか」ではなく、その壁で成立するかになります。
大きさの感覚は、数字よりも身近なものに置き換えたほうが早いです。A4はコピー用紙と同じ、A3相当は新聞紙の約半分。壁に対してA4は控えめ、四切以上で存在感が出ます。額に入れると外寸はさらに一回り大きくなるので、額の外寸まで含めて壁を測るのがいちばん確実です。サイズごとの内寸・外寸は額縁の選び方にまとめました。
そして、飾る場所を先に決めておくと、撮り方にも返ってきます。横長の壁なら横位置を、階段や柱脇の細い壁なら縦位置を撮っておく。「どこに掛かるか」を思いながらファインダーを覗くと、余白の取り方が変わります。売る写真の話だと書きましたが、結局これは、誰かの部屋に一年でも十年でも掛かる一枚を撮る、というだけの話です。
紙の比率と、向き合った三枚
端まで要ると判断した一枚と、大きく飾って効く一枚と、溶かして撮った一枚。FUJICOLOR最高級印画紙の銀塩プリントでお届けします。
創業1952年のアオヤギ写真工芸社にて、FUJICOLOR純正・最高級プロフェッショナル印画紙への銀塩プリントで、職人の手により一枚ずつ仕上げていただいています。サイズは8種類。作品ごとに、成立する大きさをご用意しています。
💾 画面で楽しむデジタル版(1点 ¥680)もご用意しています。まとめるほどお得で、3点 ¥1,734・5点 ¥2,550(1点あたり ¥510)。作品の組み合わせは自由です。
紅の夜、ひとすじの光を見る →