撮影地ガイド
長岡まつり大花火大会 ― 信濃川の夜空に、祈りがひらく
新潟・長岡。信濃川の広い河原に、夏の二日だけ、街じゅうの人が集まる夜があります。長岡まつり大花火大会。直径およそ650mにひらく正三尺玉、川に沿って幅約2kmを駆けぬけるフェニックス。けれどこの花火が胸を打つのは、ただ大きいからではありません。ここで上がる光のひとつひとつに、この街が一度すべてを失った夜の記憶と、それでも生き直してきた時間が込められているからです。
見上げるしかない、金の大輪
正三尺玉は、直径およそ90cm、重さおよそ300kgの玉です。それが高度600mを超えたところで開き、夜空に直径約650mの花を咲かせます。数字で聞くと途方もない話ですが、河原で実際に見上げると、もっと単純なことが起こります。視野に入りきらないのです。首を後ろに倒しても端が見えず、金色の光条が空のぜんぶを覆い、無数の火の筋が雨のようにゆっくり降りてきます。音は、光からすこし遅れて腹に届きます。この街で正三尺玉の打ち上げに成功したのは1926年、大正15年のこと。2026年で、ちょうど100年になりました。
光は、祈りのかたちをしている
1945年8月1日の夜、長岡の街は空襲を受けました。22時30分から約1時間40分にわたってB-29が市街地を攻撃し、旧市街のおよそ8割が焼け、1,486名の方が亡くなっています。その翌年、1946年8月1日に開かれた長岡復興祭が、いまの長岡まつりのはじまりです。8月1日が慰霊の日、2日と3日が花火の日という順序に、この街が歩いてきた時間がそのまま残っています。2004年の中越地震のあとには、復興を願う「フェニックス」が加わりました。幅およそ2kmにわたって連なる光を見ていると、救急の現場で幾度も感じてきたことを思い出します。失われたものは戻らない。それでも、残された人たちは翌朝からまた暮らしを続けていく。花火はその「それでも」を、いちばん美しいかたちにして空へ返しているのだと思います。
消えるために、いちばん大きくひらく。
その一瞬を、この街は忘れないために上げる。
訪れる方へ ― 見頃
日付が動かないおまつりです。曜日にかかわらず、毎年8月2日と3日。
長岡まつり大花火大会は、毎年8月2日・3日の二日間に行われます。打ち上げはおおむね19時20分ごろにはじまり、21時25分ごろまで続きます。両日ともほぼ同じ構成で、正三尺玉もフェニックスも、それぞれの夜に上がります。2026年には、3年ぶりに長生橋のナイアガラと正三尺玉の同時打上げが復活しました。河川敷には例年、有料の観覧席が設けられますが、席種や価格、申込の時期と方法はその年ごとに変わります。最新の情報は必ず公式サイトでお確かめください。
アクセス
打ち上げ場所は、長岡の市街を流れる信濃川の河川敷、長生橋から大手大橋のあたりです。花火は川の両岸から見られます。上越新幹線のJR長岡駅から会場までは歩いて向かえる距離で、当日は駅から河川敷へと人の流れができます。ただし二日間は市街地一帯に交通規制がかかり、終演後は駅も橋も大変な混雑になります。宿は早い時期に埋まりますし、駐車場や臨時列車の扱いも年ごとに変わりますので、行き帰りの手段は事前に、公式サイトの最新の案内で決めておくと安心です。
撮影のヒント
まず三脚とレリーズを用意します。花火はバルブで、玉が開いてから光の筋が落ちきるまでを一発ぶんそのまま写し止めるのが基本です。ISOは低め、絞りはF8からF11あたりで始め、明るすぎれば絞り、暗ければ開ける、と一発ごとに詰めていきます。正三尺玉は画角に収まらないものと思っておくのが正解で、広角側で、しかも空をたっぷり空けて構えます。いちばん読みたいのは風向きです。煙が抜けていく側に立てれば後半の玉まで澄んだまま撮れますし、逆なら白く濁ります。あとは対岸の灯りを入れるか切るか。入れれば街と花火の関係が見え、切れば光だけの純度が上がります。この夜の二枚も、片方は見上げて提灯と人影を入れ、もう片方は紅い煙に覆われた空だけを残しました。同じ場所でも、決めることはそこにあります。
あわせて巡りたい
長岡は、信濃川がつくった平野の街です。花火の夜が明けると、前夜あれほどの光が満ちた河原は、なにごともなかったように静かな川に戻っています。その落差を見るためだけでも、翌朝いちど川べりを歩く価値があります。夏の新潟は米どころ・酒どころの季節でもあり、少し足をのばせば海にも山にも出られます。8月2日と3日は毎年動きませんから、夏の予定はこの二日を先に置いて、その周りを組み立てるのがいちばん確実です。