撮影術・機材
三脚と、夜の撮影 ― 手持ちでは撮れない世界へ
三脚は、ブレを止める道具だと思われがちです。でも実際に手に入るのはもっと大きなもので、手持ちでは選べなかった時間そのものです。1秒、10秒、30秒。シャッターを開けていられる長さが変わると、写せる被写体が変わり、その場の見え方まで変わります。夜桜、ライトアップの紅葉、夜明け前のブルーアワー――この記事で紹介する作品は、どれも三脚がなければ選べなかった表現です。
夜は「1秒」から始まる
手持ちで止められるシャッター速度には、はっきりした限界があります。手ブレ補正が優秀な現代のカメラでも、確実なのはせいぜい数分の1秒から1秒あたり。ところが夜の撮影は、そこから先が本番です。ライトアップされた桜や紅葉で数秒、水面を滑らかに均したいなら10秒以上、星の写る空なら20秒を超えます。
ここでISOを上げて手持ちに逃げる手もありますが、代償が二つあります。高感度ノイズと、時間そのものを写せないことです。千葉・稲毛海浜公園の稲毛海浜公園の夕景は長時間露光で撮った一枚で、波が絹のように均され、藤色から橙へのグラデーションが水面にとけています。この「なめらかさ」は、感度を上げて速いシャッターで撮ったのでは絶対に出ません。時間を写すには、時間をかけるしかないのです。
三脚は、何を見て選ぶか
三脚選びは、ほぼ「トレードオフをどう妥協するか」の話です。重い三脚ほど安定しますが、持っていかなくなります。持っていかない三脚の性能はゼロです。だから実際に効くのは、次の四つのバランスです。
素材はカーボンとアルミが主流です。カーボンは同じ剛性なら軽く、冷たくなりにくく、振動が早く収まる。アルミは安価で丈夫。夜と旅を両立させたいならカーボンが有利です。脚のロックはレバー式とナット式があり、暗い場所での操作感は好みが分かれます。段数は、少ないほど剛性が高く、多いほど短くたためます。
そしてもうひとつ、見落とされがちなのが雲台です。夜は構図の微調整に時間がかかるので、締めたときに構図がわずかに動く雲台はストレスになります。ボールが大きめの自由雲台か、風景ならギア雲台が快適です。
縦構図と、L型プレート
夜桜も、五重塔も、滝も、縦で撮りたくなる被写体です。ところが自由雲台のノッチにカメラを倒し込んで縦にすると、光軸が横にずれて高さも変わり、構図を一から作り直すことになります。暗い場所でこれをやると、それだけで数分が消えます。
L型プレートを着けておけば、カメラを倒さずにそのまま縦へ差し替えられます。三脚の真上に光軸が残るので重心も崩れず、風にも強い。アルカスイス互換なら多くの三脚にそのまま載ります。地味な部品ですが、夜の撮影でいちばん体感差が大きいのはここかもしれません。
ブレを消す、小さな作法
三脚に載せてもブレるときは、たいてい原因が決まっています。順に潰していきます。
夜の露出 ― どこを守るか
ライトアップの被写体でいちばん壊れやすいのは、照らされている部分のハイライトです。桜の花びらも紅葉も、スポットが当たった面は簡単に白飛びします。露出はそこを基準に決めて、暗部は後から持ち上げる。ヒストグラムの右端を張りつかせない、という一点だけ守れば大きく外しません。
ホワイトバランスは、オートに任せると光源の色に引っ張られます。ナトリウム灯やLEDの色が混在する現場ではとくに転びやすいので、RAWで撮って後から決めるのが確実です。京都・八瀬の瑠璃光院・夜の机もみじや東寺・夜紅葉のように、朱・橙・黄が主役の場面では、色をどこに置くかで印象が大きく変わります。
東京・千鳥ヶ淵の二枚は、雨の夜に撮ったものです。千鳥ヶ淵・夜桜はお濠の両岸の桜が水面に揺らぎ、降る雨が光の筋になり、奥に東京タワーがほのかに浮かびます。千鳥ヶ淵・夜雨の桜は、金色に染まった花びらの上を無数の雨粒が銀の線となって走る接写です。雨の夜は路面も濡れて反射が増えるので、暗いのに情報量は増えます。傘とレンズを拭く布さえあれば、雨は敵になりません。
夜と薄明の、六枚
夜桜、ライトアップの紅葉、ブルーアワー、長時間露光の夕景。いずれも三脚があってはじめて選べた表現です。FUJICOLOR最高級印画紙の銀塩プリントでお届けします。
茨城・下妻の小貝川のポピーと筑波山ブルーアワーは、日の出前の群青の空です。ブルーアワーは十数分で終わるので、暗いうちに三脚を据えて構図を作り、明るくなっていく空に合わせて露出だけを追う。「先に据えておく」が効く典型です。埼玉・新座のなんじゃもんじゃ 夜は、闇に白い花が浮かぶ一枚で、オールドレンズ HELIOS-44-2 58mm F2 で撮っています。
マナー ― 三脚が使えない場所がある
これは技術より先に確認すべきことです。寺社・庭園のライトアップや、混雑する花見の名所では、三脚の使用が禁止されていることがあります。禁止でなくても、人の流れる通路に脚を出せば通行の妨げになり、暗がりでは転倒事故のもとです。行く前に公式の案内で可否を調べ、現地の掲示と係員の指示に従ってください。
三脚が使えない場所での代替は、感度を上げて手ブレ補正に頼る、柵や手すりにカメラを預ける、小型のテーブル三脚を持たない代わりに構え方を工夫する、といったところです。撮れないなら撮らない、という判断も含めて撮影の一部だと思っています。
夜に持っていくもの
SLIK ライトカーボン E64 II
私が使っているカーボン三脚です。持ち運べるコンパクトさ・軽さと、しっかり伸びる高さ。本来は相反するこの二つを絶妙なバランスで両立した一台で、旅にも撮影にも気軽に連れていけます。「重いから置いていく」が起こらない重さであることが、夜の撮影ではいちばん効きます。
L型クイックリリースプレート(アルカスイス互換)
縦位置で撮るとき、雲台を横に倒すと構図もバランスも崩れがちです。L字プレートを着けておけば、カメラを倒さずそのまま縦に差し替えられます。アルカスイス互換なので、多くの三脚にそのまま載ります。暗い場所ほど、この一枚の差が効きます。
Nikon 純正バッテリー EN-EL15c
長時間露光と低温は、どちらもバッテリーをよく食います。夜明け前の水辺で残量が尽きるのは、いちばんもったいない終わり方です。予備は必ず一本。バッテリーは性能面でも安全面でも純正をおすすめします。
Amazonのアソシエイトとして、Ikebanadoctorは適格販売により収入を得ています。リンク経由でご購入いただくと、売上の一部がIkebanadoctorの制作活動の支えになります(お客様のお支払い金額は変わりません)。心からおすすめできる、実際に使っている道具だけをご紹介しています。
このほか、足元と手元を照らす小さなライト(赤色モードがあると目が眩みません)、レンズの結露を拭く布、そして冷えた指のための手袋があると、撮影の質が落ちません。夜明け前や真冬の水辺は、思っているより体温を奪います。夜明けの光そのものの読み方は、朝もやとマジックアワーの撮り方にまとめています。
この記事の作例6点は、すべて実際に販売しているプリントです。FUJICOLOR最高級印画紙の銀塩プリントで、1枚ずつていねいに仕上げてお届けします。撮影に使っている機材は撮影機材ガイドにまとめました。
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