撮影地ガイド
旧中川の河津桜 ― 水鏡にうつる、早春の塔
東京、下町のまんなかを南北に流れる旧中川。二月、その川辺に濃いピンクの河津桜が咲きます。風が落ちて流れが止まったように見える朝、桜と、晴れた日のスカイツリーが、そっくりそのまま水面に映り込む。空と桜と塔が、上にも下にも広がっていく景色です。
上にも下にも、春がある
押上の東武橋で河津桜とスカイツリーを撮ったあと、少し下流の旧中川へ足を延ばしました。ここは水面が広く、そして静かです。風が落ちて流れが止まったように見える瞬間、川はそのまま鏡になります。濃いピンクの花房と、晴れた日の銀色の塔が、上にも下にも二重に広がる。空も桜も塔も、全部が二つずつある景色に立っていると、どちらが本物なのか一瞬わからなくなります。
江戸川区の外郭団体は、この水辺を「ビルや木々が水面に映る景観が抜群の桜スポット」と紹介しています。私が見た「鏡になる瞬間」は、たまたま風が落ちた朝のことでした。毎回そうなるわけではありません。だからこそ、水面がぴたりと止まったあの数分は、いまも忘れられずにいます。
当直明けの、止まらない時間
救急の当直明け、まだ眠っていない頭で水辺に立ったことがあります。夜どおし秒を刻んでいた時間が、川に出たとたんにほどけていく。流れる水の音だけが、止まらない時間をそっと連れていってくれるようでした。二月の空はまだ冬のままで、だからこそ花の色がいつもより濃く見える。まだ街全体が春を待っているこの時季に、ここだけはもう咲いている――その少しの後ろめたさのような嬉しさが、毎年この川辺に人を呼ぶのだと思います。
この場所は、あじさいの季節にも歩いています。ふれあい橋のたもとに白いアナベルが群れ咲き、その向こうにやはり塔が立つ。同じ水辺が、季節ごとにまるで違う顔を見せてくれる。だから何度も戻ってきてしまうのです。
水面が止まった数分、
桜も塔も、二つずつ。
訪れる方へ ― 見頃
早咲きの桜だからこそ、暦より早く動くのがこつです。
江戸川区の案内によれば、旧中川の河津桜は毎年二月初めごろに花が咲き始め、二月終わりごろから三月半ばごろに見ごろを迎えます。区は毎年、開花と見ごろの状況を発表していて、年によって開花確認が一月下旬のこともあれば二月中旬のこともあります。開花は年により前後しますので、最新の状況は江戸川区の公式情報でご確認ください。
本数について、ひとつはっきりさせておきます。江戸川区の公式発表では、旧中川の河川敷に植えられている河津桜は三十六本です。旧中川全体では、河津桜のほかにソメイヨシノ、オオカンザクラ、シダレザクラ、オオシマザクラを合わせた五種類・約二百八十本の桜が咲きます。河津桜が終わったあとも、オオカンザクラやソメイヨシノが順に見ごろを迎えていくので、この川辺の春はずいぶん長く続きます。
アクセス
江戸川区の案内では、旧中川河川敷の河津桜へはJR総武線の平井駅から徒歩十三分。ふれあい橋へは平井駅南口から徒歩十五分と案内されています。都営新宿線の東大島駅からも川辺に出られ、区の桜ガイドでは東大島駅小松川口から徒歩一分とされています。駐車場を使う場合は都立大島小松川公園にあります(普通車は一時間まで四百円、以降三十分ごと二百円、入庫後十二時間の上限は千六百円)。
ふれあい橋は、江戸川区平井三丁目と江東区亀戸九丁目を結ぶ、人と自転車のための橋です。両区の区民が行き来してふれあい憩える橋になるようにと名づけられました。夜にはLEDでライトアップされ、色は季節によって八パターンに変わります。
ドローンについて。都立公園(大島小松川公園を含む)では東京都建設局がドローン・ラジコンの飛行を禁止しています。河川側についても都建設局は「周囲に人がいる場合は飛行をお控えください」と案内しており、都内の多くの地域では航空法の許可も必要です。空撮はできないものとお考えください。
撮影のヒント
風の弱い朝、水面が鏡になる一瞬を待つのがこの場所の王道です。水面すれすれまでカメラを下げると、映り込みの面積が増えて、上下対称の構図がつくりやすくなります。ただし河川敷の斜面は滑りやすいので、足もとには十分ご注意ください。
河津桜は色が濃いぶん、明るく撮ると花の階調がとびやすい花です。少し露出を抑えめにすると、あの濃いピンクが沈まずに残ります。スカイツリーを一緒に収めるなら、塔を画面のどこに置くかで印象が大きく変わります。枝のすき間から塔をのぞかせると奥行きが生まれ、逆に塔を画面の端に寄せると、川と桜の広がりが主役になります。江戸川区も、ふれあい橋の北側・JR総武線鉄橋付近を、スカイツリーを背景にした桜の撮影スポットとして紹介しています。
あわせて巡りたい
同じ二月の河津桜でも、川辺が変われば表情が変わります。押上の東武橋では、塔の足もとで見上げるほどの高さに花が広がります。千葉・旭市の岩井の堰まで足を延ばせば、都市の気配が消え、一面の菜の花を囲むように河津桜が咲いています。都市の桜と、里の桜。ひとつの季節を二つの場所で見ると、河津桜という花の懐の深さが分かってきます。
そして同じ旧中川へ、季節を変えて。五月には少し上流の平井にオレンジのポピーが咲き、六月にはふれあい橋のたもとが白いアナベルで埋まります。下町の川は、一年じゅう何かが咲いている場所です。
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