明月院の石段をICM(意図的カメラ移動)で撮った一枚。あじさいの青と新緑の輪郭が水彩画のようにとけている

撮影術

ICMで、花を絵画にする 揺らす、という選択

🎨 ICM(意図的カメラ移動) 🩺 救急医×受賞写真家の視点 🖼️ 同じ石段を撮った、対の2作品から

有名な撮影地には、たいてい「正解の一枚」があります。誰もが同じ場所に立ち、同じ構図で、同じ光を待つ。その一枚は美しい――けれど、もう何万枚も存在しています。この記事は、そこからもう一歩だけ踏み出す方法の話です。カメラを、わざと動かして切る。ICM(Intentional Camera Movement/意図的カメラ移動)と呼ばれる撮り方です。

🖼️ 作例について販売中の作品 揺らめく明月院ブルー は、実際にICMで撮った一枚です。対になる 明月院ブルーの石段 は、同じ石段を溶かさずに写した一枚
📋 撮影データ一枚ごとのシャッター速度や振り方までは記録していないので、この記事に具体的な数値は書いていません。書けるのは、考え方と、結果として何が残ったかまでです
🎯 向いている人同じ名所を撮り飽きた人。「うまく撮れているのに、心が動かない」と感じている人

同じ石段を、二通りに

北鎌倉の明月院。「あじさい寺」として知られる参道の石段は、日本でもっとも撮られているあじさいの風景のひとつだと思います。私はその石段を、二通りに撮って、二枚とも作品として出しています。

一枚は明月院ブルーの石段滲ませることなく一段一段まで克明に写した、王道の一枚です。山門へ続く石段の両脇を、深く澄んだ明月院ブルーと初夏の新緑が静かに埋め尽くしている。梅雨のやわらかな光が青をしっとりと際立たせる、この場所でいちばん有名な情景です。

もう一枚が揺らめく明月院ブルー。同じ石段を、ICMで一枚の絵画のように描いたものです。輪郭をあえて溶かすことで、青と新緑が水彩画のように滲み合う。記録としての正確さを手放すかわりに、その場の空気と、見ていたときの心の揺らめきのほうを残しました。

同じ場所で、同じ青を見ている。
ちがうのは、何を残すと決めたかだけ。

この二枚を並べると、ICMという撮り方が何をする道具なのかがはっきりします。被写体を変えるのではなく、被写体との関係を変えるのです。石段はどちらの写真にもあります。あじさいもあります。変わったのは、輪郭という情報を残すかどうか、その一点だけです。

あわせて読みたい ― 撮影術と機材

同じ道具と、同じ光の話。続けて読むと、撮り方がつながります。

スポンサーリンク

ICMとは何で、何ではないか

ICMは、シャッターが開いているあいだにカメラのほうを動かす撮り方です。被写体は止まっていて、動くのはこちら側。像は移動した軌跡ぶんだけ引き伸ばされ、輪郭がほどけます。手ブレとまったく同じ現象を、意図して起こしていると言ってもいい。

だからこそ、混同しやすいものと分けておく必要があります。

🤝 手ブレ同じ現象。ちがうのは意図と再現性だけ。「失敗した一枚」と「選んだ一枚」を分けるのは、こちらが何を狙ったか
🏃 流し撮り動く被写体に合わせてカメラを振り、被写体を止めて背景を流す。ICMは逆で、止まっている被写体のほうを流す
🌬️ 被写体ブレ風で花が揺れて流れるのは被写体の側の動き。ICMはカメラの側の動き。同時に起きることもある
✨ ソフトフィルターハイライトをその場に広げるのがソフト効果。ICMは像そのものを移動させる。にじみの方向性がまるで違う(ふんわり撮る、二つの道
🔭 ピンぼけぼけは点が円に広がる。ICMは点が線になる。並べて見ると、質がはっきり違います

この整理は、実は使い分けの話でもあります。やわらかくしたいのか、動かしたいのか。前者ならソフトフィルターやオールドレンズ、後者がICMです。同じ「絵画的」でも、行き先が違います。

どこまで溶かすか

ICMでいちばん難しいのは、シャッターを切ることではありません。どこで止めるかです。動かす量を増やすほど輪郭は溶け、ある一線を越えると、写真は「何の写真かわからない色の帯」になります。抽象画として成立することもありますが、たいていはただの失敗です。

揺らめく明月院ブルーを見ていただくと、その線の引き方が伝わると思います。輪郭はたしかにほどけているのに、石段の段はまだ数えられ、奥の山門も形として読める。あじさいの一つひとつも、花の塊としてそこにあります。溶かしきってはいない。「絵に見えるが、どこの絵かはわかる」――私が探しているのは、だいたいこの位置です。

言い換えると、ICMは情報を捨てる技法です。捨てすぎれば何も残らず、捨てなければ何も変わらない。どれだけ捨てるかを決めるのが撮影者の仕事で、その判断は被写体ごとに違います。石段のように「形の記憶が強いもの」は、少し溶かしただけで絵になります。逆に、もともと形の弱い被写体を溶かすと、何も残りません。

決められること、決められないこと

正直に書きます。ICMは、狙って一発で当てられる撮り方ではありません。同じつもりで振っても、一枚ごとに違うものが出てきます。だから現場での作法は、たいてい次のようになります。

🎛️ 決められる構図(どこを画面に入れるか)/動かす向きの見当/どれくらいの量を動かすかの見当/何回試すか
🎲 決められない輪郭がどう崩れるか/色がどこで混ざるか/どの一枚が当たりか。これは切ってみるまでわからない
🔁 だから一枚で終わらせない。同じ構図で、動かす量を変えながら何度も切って、あとから選ぶ

歩留まりについては、数えたことがないので数字を書きません。ただ枚数を撮る前提の撮り方であることは、仕組みからしてそうです。一枚一枚が違うものになる以上、選べる母数が無ければ選べません。それでもやるのは、当たったときにしか出ない絵があるからです。

もちろん手ブレや一瞬の撮影なので画角もずれる、でも偶然の産物のなかに思いがけないアートや美が眠っている時もあるのです。

― Ikebanadoctor

これは花火を手持ちで撮る話で書いたことですが、そのままICMにも当てはまります。狙って作れないものが入りこむ余地を、わざと残しておく。フレアやゴーストを消さずに武器として使うオールドレンズの考え方とも、根はひとつです。きれいに写ることと、心が動くことは、同じではない。

向く被写体、向かない被写体

何度か試してみて、当たりやすい条件はだいたい決まっていると感じています。

⭕ 向いている色の面が広い(花畑、紅葉、新緑)/方向を持つ構造がある(石段、並木、参道、幹)/色数が少なくまとまっている(明月院ブルーと新緑のように二色)
❌ 向かない主役が小さい一輪/人や建物の細部を見せたい場面/色がばらばらで混ざると濁る場面/記録が目的の写真
💡 相性がいい光曇りや小雨のフラットな光。明暗差が小さいと、溶けた色がにごりにくい(花風景写真の撮り方

色数の話は、思っているより効きます。溶かすというのは、隣り合う色を混ぜるということです。絵の具と同じで、混ぜる色が増えるほど灰色に近づく。二色か三色でできている風景を選ぶと、溶かしたあとも色が生きています。明月院の石段が題材としてうまくいくのは、青と緑という二色の風景だからでもあります。

撮り飽きた名所に、もう一度立つ

ICMのいちばんの効用は、じつは技法そのものより、行き先が増えないのに撮るものが増えることだと思っています。新しい絶景を探して遠くへ行かなくても、去年と同じ石段の前に立てる。同じ場所が、まだ撮っていない場所になる。

やり方はごく単純です。まず王道の一枚を、きちんと撮る。三脚を据えて、いつもどおりに。そのうえで三脚から外して、同じ構図をもう一度、動かしながら切る。順番が大事で、逆にすると王道のほうが雑になります。明月院の二枚も、結果として克明な一枚溶かした一枚が対になりました。どちらが上ということはありません。同じ場所を、二通りに見ただけです。

溶かした一枚と、溶かさなかった一枚

北鎌倉・明月院の同じ石段を、二通りに撮った対の作品です。FUJICOLOR最高級印画紙の銀塩プリントでお届けします。

この石段がある場所の見頃・アクセス・拝観の注意点は、明月院の紫陽花にまとめています。関東のほかのあじさい名所は関東のあじさい名所ガイドへ。

三脚は、置いていく

最後に一つだけ、実務的なことを。ICMは三脚を使わない撮り方です。カメラを動かすのが目的なので、固定する道具とは目的が正面から反します。夜や長秒の撮影で三脚が不可欠なのとは、まるで逆の関係です(そちらの話は三脚と、夜の撮影にあります)。

ということは、荷物を増やさずに試せるということでもあります。いま持っているカメラとレンズだけで、今日から一枚も買わずに始められる。買う必要がまったくない表現というのは、そう多くありません。うまくいかなくても失うものは時間だけですから、名所に飽きたと感じている方には、一度試してみることをおすすめします。

🖼️ 揺らめく青を、部屋に飾る
🖼️ 揺らめく青を、部屋に飾る

この記事の主題そのものである「揺らめく明月院ブルー」は、実際にICMで撮った販売中の作品です。輪郭がほどけ、青と新緑が水彩画のように滲み合います。FUJICOLOR最高級印画紙の銀塩プリントでお届けします。

🖼️ 額縁の選び方(内寸・外寸つき)

💾 画面で楽しむデジタル版(1点 ¥680)もご用意しています。まとめるほどお得で、3点 ¥1,7345点 ¥2,550(1点あたり ¥510)。作品の組み合わせは自由です。

揺らめく明月院ブルーを見る →
スポンサーリンク
← 撮影地ガイド一覧にもどる